Friday, July 29, 2016

気持ち整理の二

今日は東北公衆衛生学会で発表:
「ひきこもりと生活習慣、心理社会的要因およびソーシャル・キャピタルとの関連。」
いままで、ひきこもりのケアや自立支援に関する発表は結構していますが、地域調査に関する口頭発表は日本の学会で初めてかも。
私の願いは、公衆衛生の立場で、ひきこもりに関する研究者が増えればよいと思いました。なお、発表が無事に終わりましたが、関心が薄い?と何と無く感じました。ひきこもりに関する偏見や認識が違うところも改めて理解しました。発表に説明不足のところも気づいて、反省しているところですね。今感じたすべては、これからの研究や論文に工夫すべきところではないか。〜モヤモヤ


 「ひきこもりは調査に協力するのは違和感を感じる、ひきこもりは社会に無関心じゃないですか?」というコメントがあったなあ。

 電車で帰る途中ずっと考えた。私は2006年からひきこもりの研究が始めた。最初は私もきっと皆と同じく、ひきこもりはどういうこと?と疑問したはず。たくさん話を聞いて、一人ひとり長く時間をかけて、ずっと一緒にともに歩んできた。一番長く付き合っている人も8年間を経ちました。遊び仲間もひきこもりしている人、相談仲間もひきこもりしている人、一緒に「ふらっと」を立ち上がったのもひきこもりしている人。確かに一般の人から考えると、不思議かも。もうひきこもりじゃないじゃん?「ふらっと」に来ることができれば。確かに。だが、「ふらっと」に来ないときはほとんど誰とも会っていないけどね。「ふらっと」でボランティアの仕事ができても、すぐに外で仕事できるかまた別の話けど。研究活動のきっかけでひきこもりの友達を得て、恋し、ひきこもりの人は普通の人と何か違いますか?私から見ると変わらない。寂しさを感じるし、人と話したいし、音楽が好きだし、おいしいもの食べたいし、花火を見たいし、恋もしたいし、認められたいし、一般人と変わらないですね。無関心は確かにひきこもり症状が強いとき感じること。座長の先生のコメントが間違いではなかった。ただ、ひきこもりしている人は必ずいつも強いひきこもりモードにいるではない。それをどうやってうまく伝えるか、課題ですね。

 考える程落ち込みます。

 ひきこもりはその人のことではないと思う。
あくまでも症状?...モードかなあ?
強いひきこもりモードに入ると、何もできなくなる。
話をかけても、入れない。
わざと無視している?
心の余裕がなくて、声をかけてくれても気づいてない?いいえ、違う。
声をかけてくれても自分の思い込みに精一杯、自己中心になちゃっているかも。
だから、声を聞こえないし、気持ちを察しない。
すべて自分。
いいえ、察してる、反応したくも反応できない自分がいる。
何を反応すれば良いかわからないかも。
すべて自分で言っても自分がないから。

思春期症状と一緒かも。
だから、斉藤環が強調していた「遅れる思春期」の論調はなんとなくわかる気がする。
思春期を乗り越えるのは、
社会経験が必要。
友情が必要。
恋が必要。
家族が以外が必要。
反発が必要。
失敗が必要。
失敗から友人からの励み、恋人からの慰む、
もやもや・甘い酸っぱさをともに経験していくのは思春期。
失敗から学びが大事。
成功が必要。
できたことを家族に認められて「大人になっているなあ」と実感、
「お前は馬鹿か」から「お前は偉いな」。その一言は母親から娘、父親から息子、とても大事な言葉。
これすべて、11歳~17歳にはとても大事なことでした。
小さいとき失敗したことない人は大人になったら失敗に恐れる。
小さいから自分の意見を言えないと大人になったら対人恐怖症になる。
親に否定された子供は大人になったら親のコメントや顔色をついつい気にする。
日本は戦後バブル時代に入ってから、
お金が稼ぐが家族のメインpurposeになっていた気がする。
教育も心を育てるより、お金を稼ぐ方法に育ちするようになってきた気がする。
学校の時間がだんだん長くなって、
毎日同じの人と過ごして、
先生が学生の人格発展より進学先に力入れる。
(先生も好きで先生になるより、安定した職業として選んでいる人も増えた)
近所との遊びはイベントのみ。
おばあさんやおじいさんと話す時間は月一回か年一回、
親と毎日の朝ごはんと夕ご飯の時に会うと思いますが、
話の内容はなんだろう?

 これは自己像や人間関係が薄くなってくる現象を説明できますが、
ひきこもりの現状を説明するのはもう少し探っていく必要があるかも。

Tuesday, July 5, 2016

複雑な味のクッキー

今日はあまり元気が出ない友達のためにクッキーを作りました。
今の彼女は、複雑な味のクッキーが良さそうですね~





彼女はあまりなれてない味が苦手、
なるべく彼女がなじめる素材を使ってみました。



バター、赤砂糖、小麦粉がベスですが、
味は、カルダモン、カイエン、黒コショウ、シナモン、

そして、
カナン農園が作ったニンニク、
メンバーが作ってくれた味噌、
マレーシアの友人が買ってくれたショウガ、
大家さんの庭に咲いていたバラ、





皆の愛を混ぜて、
少しだけでも、
クッキーを通して、
彼女の落ち込んでいる気持ちが晴れたらいいなあと思い込み、
しみじみ作業。




薄く伸ばした生地、ネコの型。
バターがたっぷりのせいか、柔らかくて、型抜きが大変でした。
そして、オープン焼き。
薄いすぎるのせいか、焼き加減が把握にくかった。

焼き上がったら薄く刻んたメッセージ「○○ へ、ふらっとにようこうそ~」が消えた。(^^)

神様が私たちのこころに書いているメッセージみたい、
確かのものですが、
目に見えない。
心で味わっていくこと。





味見してみました。うん、おいしい~ つぶつぶ赤砂糖と様々な香辛料が複雑な味。
人生みたい。のこるのステップは、郵送ですね。


○○さん、お元気でね。♡
コーヒーや紅茶と合うともう~ (^^)
今度ふらっとに寄ってきてね、
マサラティとセットで差し上げます。